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大阪地方裁判所岸和田支部 昭和31年(ワ)133号 判決

原告 国

訴訟代理人 藤井俊彦 外三名

被告 根来万之助

主文

被告と訴外根来敷布有限会社間の昭和二九年三月三一日別紙目録記載の物件につきなした売買行為は取消す。

被告は原告に対し別紙目録記載の物件中番号四、七乃至一一の物件を引渡せ。

被告は原告に対し金三五七、四五四円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は第二、三項に限り仮に執行することができる。

事実

原告指定代理人等は主文同旨の判決を求め、その原因として、

一、訴外根来敷布有限会社(設立昭和二五年一〇月三〇日、本店所在地大阪府泉南郡能取町野田一、四七二番地、解散同三〇年二月一一日、現在清算中)(以下単に訴外会社と略称する)は昭和二九年三月三一日現在で、

(1)  昭和二六年度法人税(納期同二七年五月二七日)金一、一八〇円(加算税)

(2)  同 二八年度法人税(納期同二八年一二月一九日)金二七六、〇八〇円(内、本税金二二七、七六〇円、加算税金二七、一〇〇円、利子税金一〇、九七〇円、延滞加算税金一〇、二五〇円)

(3)  同 二八年度源泉徴収所得税(納期間二九年一月四日)金一五六、九一四円(内本税金九四、二九四円、加算税金五五、二五〇円、利子税金三、九六〇円、延滞加算税金三、四一〇円)、合計金四三四、一七四円の国税を滞納している。

二、訴外会社は別紙目録記載の物件の外には別段の資産を有せず、且つ、同物件が同会社の事業継続上必要不可欠の物件であるのに、前記国税滞納による財産の差押を免がれる意図で、右物件を被告に対し昭和二九年三月三一日その時価合計金四七一、一九〇円より低い代金三〇六、〇〇〇円で売渡した。

三、被告はもと訴外会社の所在地について個人で敷布製造販売業を営んでいた者であるが、その所有にかゝる機械、器具等を現物出資して訴外会社を設立し、同会社における最大の出資者であつたから、社員総会にはいつも出席し、又訴外会社の代表取締役根来豊の実父で両者は同居していたのであるから、訴外会社には右物件以外は別段の資産がなく、この物件を自己に譲渡する行為は滞納処分を免れるためのものであることを十分知つていたものである。

四、よつて、原告は被告と訴外会社との間の別紙目録記載の物件についてなした前記売買行為の取消を求め、被告に対し同目録記載の物件中番号四、七乃至一一の物件の返還、及び同目録記載の物件中番号一乃至三、五、六の物件については被告が既にこれを他に売却又は処分して本訴取消による回復を不能ならしめているから、その損害金として、それ等の物件の価格のうちから、右租税債権から右の引渡を受くべき物件の価格を控除した金三五七、四五四円の支払を求める。

と陳述し、

一、被告の答弁に対し、原告の右主張に反する部分は否認する。

(イ)  被告は訴外会社は、昭和二九年三月三一日当時別紙目録記載の物件を除外しても猶時価格合計金四五〇、〇〇〇円以上の資産を有していたと述べているが、なるほど、訴外会社の同年二月一〇日現在における貸借対照表には、

(1)  資産科目 土地   金額 六、五〇〇〇円

(2)  同    建物   同 一〇四、四〇〇円

(3)  同    機械   同 二七六、一〇〇円

(4)  同    株券   同  八〇、〇〇〇円

(5)  同    売掛金  金  四〇、〇〇〇円

(6)  同    棚卸商品 同 一五六、〇〇〇円

合計金六六三、〇〇〇円の資産があつたかのように記載されているが、(3) の本件物件を除いては、他はいずれも他人の所有物件か又は無価値若しくは回収不能のものである。即ち、右(1) 及び(2) の土地、建物はいずれも被告個人の所有物件で訴外会社のものではない。(4) の株券は和泉綿業株式会社の株式一、〇〇〇株、日之出敷布株式会社の株式六〇〇株(以上いずれも一株の額面金五〇円)であるが、右発行会社はいずれも昭和二九年三月三一日現在法人税も非課税の取扱いを受けている会社であるから、右株券はいずれも当時換金性がなく無価値に等しかつた。(6) の棚卸商品は当時既に昌栄商事株式会社等に売却されていたが、その代金は(5) の既存の売掛金と共に貸倒れとなり回収不能のものである。

(ロ)  被告は訴外会社に詐害の意思がなく、被告も亦善意であつたと述べているが、訴外会社の滞納税金の最も遅い指定納期限は昭和二九年一月四日であるが、各滞納税月別にそれぞれ督促状も発付されているし、又期日後においても所轄税務署員が出張して再三、再四納税方を督促しているのであるから、訴外会社代表取締役根来豊は固より同人と同会社所在地において同居している被告が右税金を納めなかつた場合に滞納処分を執行されることを知らなかつた筈はない。

二、被告の抗弁に対し、これを否認し、原告が詐害行為取消の原因を覚知したのは昭和三一年二月二一日であるから、取消権は消滅時効にかゝらない。

と述べた。

被告訴訟代理人は請求棄却の判決を求め、

一、答弁として、

(一)  原告主張の一項のうち、訴外根来敷布有限会社の設立、解散の各年月日、本店所在地、及び同会社が現在清算中であることは原告主張のとおり認む、その余の事実は否認する。

(二)  同主張の二項のうち、被告が前記訴外会社から別紙目録記載の物件を原告主張の日時に、代金で買受けたことは認む。その余の事実は否認する。

(イ)  原告は訴外会社には別紙目録記載の物件の外には別段の資産がなかつたと主張しているが、同会社が被告に右物件を譲渡した昭和二九年三月三一日当時同会社には右物件を除外しても猶ほ徴収の目的たるべき資産として什器、売掛代金債権、在庫品その他価格合計金四五〇、〇〇〇円以上の資産を有していた。又、

(ロ)  原告は右物件の譲渡当時の時価が金四七一、一九〇円であると主張しているが、右の物件は被告が個人営業当時約金三〇〇、〇〇〇円で購入し、爾来長年使用してきた中古品であるから、原告主張の時価は不当に高額である。

(三)  同主張の三項のうち、被告がもと訴外会社の所在地において個人で敷布製造販売業を営んでいたこと、被告がその所有する機械、器具を訴外会社に現物出資し、同会社における最大の出資社員であること、及び被告が訴外会社の代表取締役根来豊の実父で、同人と同居していることは認む、その余の事実は否認する。

(イ)  原告は訴外会社の別紙目録の物件の譲渡行為は国税滞納処分による差押を免れる目的をもつて為された行為と主張しているが、訴外会社は昭和二八年度法人税及び同年度源泉徴収所得税に不服があつたので所轄税務署長に再調査の請求を申立てるため、その手続を訴外北村計理事務所に依頼していたから、再調査の結果、会社の欠損状態及び給与所得者の扶養親族関係が明白となり、必ずや大幅に減税されるものと信じていたところ、昭和二九年四月以降において右計理事務所の事務員の怠慢から前記再調査請求の申立が為されて居らなかつたことが判明した次第で、右物件を譲渡した昭和二九年三月三一日当時訴外会社は大幅な減税を確信していたもので、原告主張のように差押を免れるために故意に右物件を譲渡したものではない。又、

(ロ)  原告は右物件の譲受人たる被告が右物件の譲渡は差押を免れる目的で為された行為であることを知つていたと主張しているが、被告はもともと農業を営んでいた者で、訴外会社成立后は会社の経営は長男豊(同社代表取締役)に委せ、自らは本来の農業に精励し、曽つて社員総会に出席したこともないし、会社の資産状況も会社に対する税額も知らなかつたのであるから、右物件の譲受は被告が先に同会社に対し融通した金員の代償として売買名下に為された以外は知る由もなかつた。

(四)  同主張の四項のうち、被告が別紙目録記載の物件中番号一乃至三、五、六の物件を処分し、仮に原告勝訴となつてもこれ等の物件を返還し得ないことは認む、返還不能な物件の価格は争う。

二、抗弁として、

大体譲渡行為が仮に、原告主張のように、詐害行為であるとしても、国税徴収法第一五条にもとずく取消権も民法第四二六条の適用により、是れを二年間行わないときは消滅時効にかゝるところ、原告訴外会社に対し昭和二九年三月三一日現在国税滞納処分を為し得るに至つたこと、及び同日訴外会社と被告間に本件売買が成立したことは当初から原告の主張するところで、しかも原告が本訴を提起したのは昭和三一年一二月二〇日でその間既に二年を徒過し、原告の右取消権は時効により消滅したことは明らかであるから原告の本訴請求は失当である。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

一、訴外根来敷布有根会社の設立、解散の各年月日、その本店所在地が原告主張のとおりであつて、同会社が現在清算中であることは当事者間に争いがない。

原告は右訴外会社に対し昭和二九年三月三一日現在で合計金四三四、一七四円の租税債権を有すると主張し、被告はこれを否認しているので、その存否について検討してみると、当事者間に成立に争いのない甲第一九号証によれば、原告が右訴外会社に対し原告主張の日時に、主張のごとき内容の租税債権を有することが認められ、右認定に反する証拠がないから、原告は訴外会社に対し昭和二九年三月三一日現在で金四三四、一七四円の租税債権を有するものと言うことができる。

二、右訴外会社がその所有にかゝる別紙目録記載の物件を被告に対し昭和二九年三月三一日代金三〇六、〇〇〇円で売渡したことは当事者間に争いがない。ところで、

(イ)  原告は昭和二九年三月三一日当時右訴外会社には別紙目録記載の物件の外には別段の資産がなかつたと主張し、被告はこれを否認しているので検討してみるに、証人川島彦治の証言と同証言に徴し真正に成立したものと認められる甲第八号証、成立に争いのない甲第一〇、第一一号証、公文書である点に照らし記載内容も真正に成立したものと推認される甲第一七号証の一、二及び証人平木正行の証言を綜合してみると、訴外会社の昭和二九年二月一〇日現在における貸借対照表には、土地金六、五〇〇円、建物金一〇四、四〇〇円、機械金二七六、一〇〇円、株券金八〇、〇〇〇円、売掛金四〇、〇〇〇円、棚卸商品金一五六、〇〇〇円の資産があつたように計上されているが、右の土地、建物は被告個人の所有物件であること、株券は同二八年末頃から不況のため休業中の泉綿業株式会社の株式であることが認められ、右認定に反する証拠がない。そして、右の株券は右認定のように発行会社が業績不良で休業中であるから、当時としては換金性もなく殆んど価値のなかつたものと推認される。而して、証人根来豊の証言と同証言に照らし真正に成立したものと認められる乙第一乃至第四号証を綜合してみると右の棚卸商品は同二九年三月中に訴外昌栄商事株式会社外一名に合計金一六三、七四〇円で掛売したことが推認され、右推認を覆えすに足る証拠は何もない。以上の事実を綜合して訴外会社の昭和二九年三月三一日現在における資産を見ると、本件機械を除外すれば売掛金二〇三、七四〇円の資産を有していたものと看ることができる。原告は右売掛金は回収不能のものであると主張しているが、後日それが回収不能に陥つたことは前記根来証人の証言に照らし明かなところで、又証人長坂啓太の証言に照らし真正に成立したものと認められる甲第一八号証に徴し、前記訴外昌栄商事株式会社が昭和二九年四月二三日不渡手形を出したため取引銀行から取引停止の処分に付されていることが認められるけれども、同二九年三月三一日当時において既に右売掛金の回収が不能であつたと認めるに足る的確な証拠はない。又被告は訴外会社には当時本件機械を除外しても猶ほ金四五〇、〇〇〇円以上の資産があつたと述べているけれども、これ亦、右認定の資産を上回る資産があつたと認めるに足る証拠は何もない。従つて、当事者の右それぞれの主張のうち、右認定に反する部分はいずれも認めることができない。

(ロ)  次に、原告は訴外会社が本件機械を被告に対し時価合計金四七一、一九〇円より低い代金三〇六、〇〇〇円で売渡したと主張し、被告は原告主張の時価を否認して、右物件は被告が個人営業当時金三〇〇、〇〇〇円で購入し、その后長年使用して来た中古品であるから、原告主張の時価は不当に高額であると述べているので、譲渡当時における別紙目録記載の物件の時価を検討することとする。前記平木証人の証言と同証言に照らし真正に成立したものと認められる甲第一五号証の一、二及び証人戸田佐忠太、同福本助広の各証言を綜合すると、別紙目録記載の物件中番号六の無名管巻機二〇錘一台を除き、その余の物件の同二九年六月一五日現在における時価が

岸和田式織機、 八五吋、三台、時価合計金 一五九、八一〇円、

鍛治広式織機、 六五吋、二台、 〃     七一、四五〇円、

戸田式織機、  五六吋、四台、      一三三、三七〇円、

谷井式整経機、一〇〇吋、一台、時価金    一一、四九〇円、

無名管巻機、  四〇錘、一台、 〃     一九、七四〇円、

無名紐繰機、  四〇錘、一台、 〃     一六、二三〇円、

明電舎電動機、 五馬力、一台、 〃     一〇、三二〇円、

芝浦電動機、  三馬力、一台、 〃      八、二〇〇円、

オーバーミシン、    一台、 〃     一三、四二〇円、

伝導装置、シャフト、ベルト、外附属品一式、

時価金  一七、〇六〇円、

であつたものと推認され、そして右の日より三月半先の同年三月三一日当時においても、その時価が右時価より下落していたような別段の事情も見受けられないので、その時価は右認定の時価とほゞ差違がなかつたものと推定される。而して、前記訴外の無名管巻機二〇錘一台の時価について、原告において鑑定したような形跡もないから、成立に争いのない甲第三号証によることとし、それによると、右物件の同年三月三一日現在における時価は金三、〇〇〇円と推認される。甲第六号証は同三一年七月二五日作成されたもので、且つ登録権利の付ていない本件機械をいずれも権利付で評価しているから、昭和二九年三月三一日における時価算定の資料とはならない。以上のごとくであるから、昭和二九年三月三一日現在における別紙目録記載物件の時価総額は金四六四、〇九〇円と認められる。原告は時価合計金四七一、一九〇円と主張し、右認定の時価合計額より金七、一〇〇円上回つた額を主張しているが、その超過額を認めるに足る的確な証拠がないので、原告主張の右超過額はこれを認めることができない。次に被告の前記主張について考察してみると、証人根来豊、同高野義清、同広本正文、同根来広道、同東辰之助の各証言及び被告本人尋問の結果を綜合すれば、別紙目録記載の物件、特に織機について、被告が個人で営業していた当時の昭和一一年頃に織機五台を購入し、その后同二五年頃に訴外会社がその一部を他の織機と交換して同二九年三月末日に至つたいずれも中古品であること、被告が同三〇年八、九月から同三一年春頃にかけて右の織機及び管巻機一台金六、〇〇〇円乃至金八、〇〇〇円程度の値段で処分したことが認められるけれども(被告の処分した物件が別紙目録記載の物件中、番号一乃至三の各織機と番号五、六の各管巻機であることは、後記のごとく当事者間に争いがない)、右の値段は、右の各証言及び被告本人尋問の結果にもあるように、屑鉄としての値段であるから、これをもつて製品たる右物件について認定した時価を左右するわけにはゆかない。又右の各証言及び被告本人尋問の結果中には、被告が処分した右物件は既に使用不能の状態に在つたとか、市場性がなく屑鉄の価値しかなかつたとか、或いは、別紙目録記載の時価総計は金一五〇、〇〇〇円位で、谷井式織機は金一、〇〇〇円か金二、〇〇〇円の価値しかない旨の供述があるが、これ等の供述は、前記時価認定に用いた証拠に比し、供述根拠が甚だ薄弱であるからいずれも信用することができない。以上のような次第で、結局、原告主張の時価は金七、一〇〇〇円の限度において、被告の言うように、高額ではあるが、時価金四六四、〇九〇円に相当する物件を訴外会社が被告に時価より金一五八、〇九〇円低い金三〇六、〇〇〇円で売渡したのであるから、原告主張のように、かなり低い価格で右物件を処分したものと言うことができる。

三、次に、訴外会社が別紙目録記載の物件を被告に譲渡したのは差押えを免るるため故意になしたものかどうか、仮に訴外会社が右のような故意行為に出でたものとすれば、被告は果してその情を知りながら右物件を譲受けたものかどうかについて考察してみる。

(イ)  前者について看れば、昭和二九年三月三一日現在における訴外会社の全資産が別紙目録記載の物件、その時価合計金四六四、〇九〇円と売掛債権金二〇三、七四〇円であることは先に認定したとおりであるから、被告会社が右物件を処分すれば、原告に対する租税債務金四三四、一七四円の納付ができなくなること明かであるのに、同会社は右同日右物件を被告に対し、既に述べたように、時価より金一五八、〇九〇円低額の金三〇〇、〇〇〇円で譲渡したものであること、及び証人川島彦治の証言と同証言に照らし真正に成立したものと認められる甲第九号証を綜合してみると、訴外会社代表取締役根来豊は同二九年二月一〇日、即ち右物件譲渡前に所轄税務署員川島彦治から右租税債務金の納付方を督促されていることが認められ、以上の事実を綜合して考察すれば、訴外会社の右譲渡行為が差押を免るるため故意に為されたものであることが認められる。被告は訴外会社においては原告主張の課税額(右租税債務金に同じ)に不服があつたので、所轄税務署長に再調査の請求を申立てるため、その手続を訴外北村経理事務所に依頼していたから、再調査の結果、会社の欠損状態及び給与所得者の扶養親族関係も明白となつて、必ずや大幅に減税されるものと信じていたところ、昭和二九年四月以降に至り右計理事務所の事務員の怠慢から右の再調査請求手続が為されていなかつたことが判明した次第で、右物件を譲渡した昭和二九年三月三一日当時訴外会社は大幅な減税を確信していたもので、差押えを免るるため故意に右物件を譲渡したものではない、と主張し、証人根来豊は同年四、五月頃まで猶ほ大幅な減税を信じていた旨の証言をなし、又成立に争いのない甲第七号証にも訴外会社代表清算人根来豊が税金の方は再調査して呉れれば減額になるものと思つていた旨の記載があるけれども、右に認定したように、昭和二九年二月一〇日に訴外会社代表取締役根来豊が所轄税務署員から右租税債務金の納付方を督促された事実があるので、右証言及び甲第七号証のうち右記載部分はいずれも信用することができない。その外被告の全立証に徴しても、同二九年三月三一日に訴外会社が大幅な減税を確信していたと認むるに足る的確な証拠がないので、その余の主張事実を遂一検討するまでもなく被告の右主張は認めることができない。

(ロ)  後者について看れば、被告の右主張するところは、被告はもともと農業を営んでいた者であるから、訴外会社成立后は会社の経営は長男豊(訴外会社代表取締役)に委せ、自らは本来の農業に精励し、曽つて同会社の社員総会に出席したこともないし、会社の資産状況も、会社に対する税額も知らなかつたのであつて、右物件の譲受は被告が先に同会社に対し融通した金員の代償として売買名下に為されたものであること以外は知る由もない、と言うのであつて、原告はこれを否認している。被告本人尋問の結果中には被告の右主張にそう供述がなされているけれども、被告が訴外会社における最大の出資社員で、その代表取締役根来豊とは親子の関係に在つて同居していたことは当事者間に争いのない事実であるし、成立に争いのない甲第七号証と被告本人尋問の結果に照らし真正に成立したものと認められる甲第一二号証を綜合してみると、昭和二十九年三月末頃訴外会社代表取締役根来豊、訴外根来広道、同川上源平及び被告が集合して訴外会社の社員総会を開き、訴外会社の事業が不振で継続の見込がなくなつたから会社の残余財産を処分することを決議し、その際会社債権者に別紙目録記載の物件を取られることを虞れ、被告が是れを買受けたことが認められるし、そして亦、別紙目録記載の物件が時価よりもかなり低額な価格で売買されたことは先に認定とおりであるから、これ等の事実を併せてみれば右尋問の結果は全く信用できない。その外被告の全立証に照らしても、被告の善意を認めるに足る証拠がないので、被告は訴外会社が差押えを免るるため故意に右物件を譲渡するものであることを知りながら、是れを譲受けたものと推定される。

叙上認定し、説明したごとくであるから、被告と訴外会社間の昭和二九年三月三一日別紙目録記載の物件につきなした売買行為は、原告主張のごとく、国税徴収法第一五条所定の詐害行為として取消を免がれない。

四、ところで、被告は、国税徴収法第一五条にもとずく取消権も民法第四二六条の適用により、是れを二年間行わないときは消滅時効にかゝるところ、原告が訴外会社に対し昭和二九年三月三一日現在国税滞納処分を為し得るに至つたこと、及び同日訴外会社と被告間に本件売買が成立したことは当初から原告の主張するところで、しかも原告が本訴を提起したのは昭和三一年一二月二〇日で、その間既に二年を徒過しているから、原告の右取消権は時効により消滅している、と抗弁し、原告はこれを否認したうえ、取消原因を覚知したのは昭和三一年二月一一日であると主張している。国税徴収法第一五条所定の取消権にも民法第四二六条が適用され、その結果この取消権も債権者が取消の原因を覚知した時より二年間之を行わなければ時効により消滅することは被告主張のとおりであつて、又原告が本件訴を提起したのが昭和三一年一二月二一日であるこも本件記録に照らして明らかなところである。そこで、原告が取消原因を覚知したのは何時かと言うことが問題となる。この点についての、被告の主張は、原告が訴外会社に対し同二九年三月三一日現在国税滞納処分を為し得るに至つたこと、及び同日訴外会社と被告間に本件売買が成立したことは当初から原告の主張するところである、と称し、恰も原告が右日時に、訴外会社が右の譲渡行為をなした事実を知つたかのごとくに述べているが、右は原告が一時点における事実を主張しただけであつて、右日時に原告が訴外会杜の右譲渡行為を覚知したと言うことにはならない。その外被告の全立証をみても、被告の右抗弁を認めるに足る証拠がないので右抗弁は採用できない。

以上のような次第であるから、被告は原告に対し別紙目録記載の物件を引渡すべき義務があるところ、同目録記載の物件中番号一乃至三、五、六の物件については被告が既にこれを処分し引渡不能であることは当事者間に争いがなく、且つ、訴外会社と被告間に本件物件が譲渡された当時の時価については先に認定したところで、引渡不能な物件の時価合計は金三八七、三七〇円、引渡可能な物件の時価合計は金七六、七二〇円と計算行れるから被告は原告に対し、別紙目録記載の物件中番号四及び七乃至一一の物件を引渡し、引渡不能な物件の損害金として、租税債務金四三四、一七四円から右引渡物件の時価合計金七六、七二〇円を控除した金三五七、四五四円を支払わなければならない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条、仮執行の宣言について同法第一九六条第一項を適用して主文のように判決する。

(裁判官 牧野進)

目録〈省略〉

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